スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

筑紫小郡 

「筑紫小郡」の由来・語源



■「筑紫小郡」の名は、持統天皇3年6月(689年)、新羅の使者金道那を「餐応した」客館として日本書紀にみられる。小郡市は、往古の筑紫平野の北に位置し、大宰府に近く博多へ通じる交通の要衝を占め、また小郡市中心部(向築地)に当時の官衙跡が発掘され「小郡官衙遺跡」として国の指定を受けている。その軍事的・地理的特殊性から往時の大宰府客館所在地、また地方官庁所在地として小郡の地名が残り、いまに伝えられている


■持統天皇(じとうてんのう、大化元年(645年)- 大宝2年12月22日(703年1月13日))は、日本の第41代天皇。実際に治世を遂行した女帝である

■新羅(しらぎ、紀元356年- 935年)は、古代の朝鮮半島南東部にあった国家。「新羅」という国号は、503年に正式の国号となった。新羅、半島北部の高句麗、半島南西部の百済の3か国が鼎立した7世紀中盤までの時代を朝鮮半島における三国時代という

■小郡官衙遺跡(おごおりかんがいせき)は、福岡県小郡市小郡にある古代官衙の遺跡。筑後国御原郡の郡家の跡と言われている。国の史跡に指定されている
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

originetymology

Author:originetymology
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。