スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

金平糖 語源

「金平糖」の由来・語源



■金平糖(こんぺいとう)とは、砂糖と下味のついた水分を原料に、表面に凹凸状の突起(角状)をもつ小球形の日本の菓子である


■由来・語源
語源はポルトガル語のコンフェイト(球状の菓子の意)。金平糖はカステラ・有平糖などとともに南蛮菓子としてポルトガルから西日本へ伝えられたとされる。初めて日本に金平糖が伝わった時期については諸説あるが、戦国時代の1546年(天文15年)とも言われる


■日本に戦国時代にポルトガル人が西日本へ来航し、南蛮の諸文物がもたらされた。永禄12年(1569年)にキリスト教・宣教師のルイス・フロイスが京都の二条城において織田信長に謁見した際に、献上物としてろうそく数本とフラスコ(ガラス瓶)に入った金平糖が差し出されたと伝えられる


■ルイス・フロイス略歴
【1532年-1597年7月8日(慶長2年5月24日)】ポルトガルのカトリック司祭、宣教師。イエズス会士として戦国時代の日本で宣教し、織田信長や豊臣秀吉らと会見。戦国時代研究の貴重な資料となる『日本史』を記したことで有名


■織田信長(おだ・のぶなが)略歴
【1534年~1582年】尾張の戦国武将。尾張を統一し、桶狭間の戦いで今川義元を破ったのち、斎藤氏を破り美濃を制圧。足利義昭を追放して室町幕府を実質的に滅亡させた。1582年(天正10年)、天下統一を前に家臣の明智光秀に襲われ、京の本能寺で自害した。享年49歳
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

originetymology

Author:originetymology
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。