スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大盤振舞 語源

「大盤振舞」の由来・語源



■大盤振舞(おおばんぶるまい)の意味
盛大にごちそうしたり、気前よく物を与えたりすること


■語源
「大盤」は、高貴の人の家などで食べ物を入れた器を載せる台の意。もとは「椀飯振舞(おうばんぶるまい)」と書き、「椀飯」とは椀に盛った飯のことで、「わんばん」から「わうばん」、さらに「おうばん」へと変化した

平安時代、儀式などの後に公卿たちに供される膳を「椀飯」といい、鎌倉・室町時代には将軍家に諸大名が祝膳を奉る儀式となった

江戸時代には、民間で正月に一家の主が親類縁者、近隣の者を招いて宴を催すことを「椀飯振る舞い」というようになり、ここから転じて、気前よく人に祝儀やごちそうを施すことを意味するようになった


■大盤振舞の用例
「あっちへしゃもを十羽持って来た。酒も二斗届く。久しぶりで、今夜は大盤振舞をして呉れ給え」【子母沢寛・勝海舟】


略歴・経歴(プロフィール)
■勝海舟(かつ・かいしゅう)
【1823年~1899年】幕人、明治初期の政治家。位階勲等は正二位勲一等伯爵。山岡鉄舟、高橋泥舟と共に「幕末の三舟」と呼ばれる。幼名は麒太郎(りんたろう)。海軍塾や神戸海軍繰練所の設立。第2次長州征伐の停戦交渉。駿府城会談と江戸城無血開城など、溢れる戦略と戦術の両面を活かして活躍した幕人の最重要人物。舌鋒も鋭く坂本竜馬や西郷隆盛などからも高評価を受ける一方、同僚である幕人からはひどく嫌われてもいた。名言多数。76歳没
スポンサーサイト

金平糖 語源

「金平糖」の由来・語源



■金平糖(こんぺいとう)とは、砂糖と下味のついた水分を原料に、表面に凹凸状の突起(角状)をもつ小球形の日本の菓子である


■由来・語源
語源はポルトガル語のコンフェイト(球状の菓子の意)。金平糖はカステラ・有平糖などとともに南蛮菓子としてポルトガルから西日本へ伝えられたとされる。初めて日本に金平糖が伝わった時期については諸説あるが、戦国時代の1546年(天文15年)とも言われる


■日本に戦国時代にポルトガル人が西日本へ来航し、南蛮の諸文物がもたらされた。永禄12年(1569年)にキリスト教・宣教師のルイス・フロイスが京都の二条城において織田信長に謁見した際に、献上物としてろうそく数本とフラスコ(ガラス瓶)に入った金平糖が差し出されたと伝えられる


■ルイス・フロイス略歴
【1532年-1597年7月8日(慶長2年5月24日)】ポルトガルのカトリック司祭、宣教師。イエズス会士として戦国時代の日本で宣教し、織田信長や豊臣秀吉らと会見。戦国時代研究の貴重な資料となる『日本史』を記したことで有名


■織田信長(おだ・のぶなが)略歴
【1534年~1582年】尾張の戦国武将。尾張を統一し、桶狭間の戦いで今川義元を破ったのち、斎藤氏を破り美濃を制圧。足利義昭を追放して室町幕府を実質的に滅亡させた。1582年(天正10年)、天下統一を前に家臣の明智光秀に襲われ、京の本能寺で自害した。享年49歳

もなか 語源

「最中(もなか)」の由来・語源



■最中(もなか)とは、餅から作った皮で餡を包んだ和菓子の一種。皮は皮種、菓子種、最中種、種物という。餡に栗、求肥や餅などを入れた変わり最中もある


■由来・語源
もなかは、江戸吉原の菓子屋、竹村伊勢が、満月をかたどった「最中の月(もなかのつき )」という煎餅のようなものを作り、それが省略されて「最中」となった

最中の月とは陰暦 十五夜の月(中秋の名月)のことで、平安時代の歌集「拾遺集」には、「水の面に 照る月なみを かぞふれば 今宵ぞ秋の 最中なりける」とある

宮中で月見の宴をした時に出された、白い丸餅の菓子が、中秋の名月に似ていたことから、源順(みなもとのしたごう)という歌人が詠んだ

「最中の月」は上の句に因んだ名前である


■源順(みなもとのしたごう)略歴
【延喜11年(911年)~永観元年(983年)】平安時代中期の学者・歌人・貴族。嵯峨源氏、大納言・源定の曾孫。左馬允・源挙(みなもとのこぞる)の次男。官位は従五位上・能登守

銚子丸 由来

「銚子丸」の由来・語源



■株式会社銚子丸(ちょうしまる)は、千葉県千葉市美浜区に本社を置く、千葉・東京・埼玉・神奈川で展開されている回転寿司「すし銚子丸」を運営する会社である


■銚子丸の事業内容
すし銚子丸(グルメ回転すし)。江戸前すし百萬石(グルメすし)


■社名の由来
社名は創業地の千葉県にある全国屈指の漁港銚子港の「銚子」を冠することで「鮮度・活きの良さ」を表し、漁業の船をイメージする「丸」を合わせて名付けられた


■堀地ヒロ子(ほりち・ひろこ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の実業家。新潟県生まれ、千葉県育ち。1977年、夫の堀地速男と株式会社オール(現・株式会社銚子丸)を創業、玩具店経営をはじめる。1987年、「回転寿司ABC」浦安店を開店。1998年、グルメ回転寿司「すし銚子丸」市川店第一号店を開店。専務取締役を経て、2010年、会長に就任

瑞浪市 由来

「瑞浪市」の由来・語源



■瑞浪市(みずなみし)は、岐阜県南東部に位置する市である


■地名の由来
瑞浪の地名は、瑞浪土岐町の前身である瑞浪村ができるとき、水の南(土岐川の南)の意味と瑞穂の浪打つ町という意味で瑞浪という名がつくられた

瑞浪市が成立する際、旧瑞浪町の推す「瑞浪市」案と旧土岐町の推す「土岐市」案とで分かれたが、瑞浪町勢力の方が強く瑞浪市と命名された

旧国鉄瑞浪駅の駅名も影響したとされる


■瑞浪駅(みずなみえき)は、岐阜県瑞浪市寺河戸町にある、東海旅客鉄道(JR東海)中央本線の駅である。駅長は配置されない駅員配置駅(直営駅)であり、多治見駅が当駅を管理する。単式ホーム(1番線)に隣接して置かれた駅舎の内部には、みどりの窓口や自動券売機、自動改札機などが設置されTOICAにも対応しているほか、売店としてベルマートが入居している

七輪 語源

「七輪」の由来・語源



■七輪(しちりん)は木炭や豆炭を燃料に使用する調理用の炉である。「七厘」とも書く


■語源
語源は、諸説あるがはっきりしない

・わずか7厘(金銭単位)で買える木炭で十分な火力を得ることができたことから
・わずか7厘(重量単位)の重さの木炭で十分な火力を得ることができたことから
・下部の炭火を受ける皿に7つの穴があったことから
など


■この点、『大江戸庶民のあっと驚く生活考』では和漢三才図会から「薬を煎り、酒を暖め、炭の価僅か一分に至らず、因って七輪と称す。」を引用している。また『誹風柳多留』から「五輪も七輪も石屋彫ってる」を引用し、当時の七輪は石を彫り抜いて作ったと述べている

■『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ)は、寺島良安により江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典)。正徳2年(1712年)成立


■誹風柳多留(はいふうやなぎだる)とは、江戸時代中期から幕末まで、ほぼ毎年刊行されていた川柳の句集である。単に「柳多留」と呼ぶこともある。柳樽とも。明和2年から天保11年(1765-1840)にかけて167編が刊行された

清須市 由来

「清須市」の由来・語源



■清須市(きよすし)は、愛知県北西部(旧尾張国)の市。清洲城(清須城)があることで知られる


■地名の由来・語源
市名の由来は、この地に古くからある地名に由来する。「きよす」の表記は、「清須」と「清洲」の両方が混在しており、歴史書によって異なる。伊勢神宮領を記録した14世紀中頃の『神鳳鈔(じんぽうしょう)』に「清須御厨(きよすみくりや)」として記載されているのが最古の記載としているが諸説ある

江戸時代初期に書かれた書物『三河物語』には「清須」、同時代に書かれた書物『信長公記』には「清洲」と書かれている。合併後の清須市は前者の「清須」を採用した


■『三河物語』(みかわものがたり)は、大久保忠教(彦左衛門)によって書かれた、徳川氏と大久保氏の歴史と功績を交えて武士の生き方を子孫に残した家訓書である


■『信長公記』(しんちょうこうき / のぶながこうき)は、安土桃山時代の戦国大名である織田信長の一代記で、歴史史料。著者は信長旧臣の太田牛一。江戸時代初期に原本が成立

日進市 由来

「日進市」の由来・語源



■日進市(にっしんし)は、愛知県の市


■地名の由来
1906年5月10日、愛知郡香久山村、白山村、岩崎村が合併し日進村発足。日進の名前の由来は、日露戦争における巡洋艦日進の活躍にちなんで名づけられたとされているが、諸説ある

1994年10月1日、市制施行。日進市発足


■日進(にっしん)は、日露戦争で活躍した旧日本海軍の春日型装甲巡洋艦の2番艦。一等巡洋艦(装甲巡洋艦)に類別された。同型艦は春日。日露戦争開戦直前に、大日本帝国海軍がアルゼンチン海軍から買い取ったジュゼッペ・ガリバルディ級装甲巡洋艦2隻のうちの1隻である


■巡洋艦(じゅんようかん)は遠洋航行能力・速度等を生かした攻撃力を持たせた軍艦の艦種。ただし定義は国や年代によって異なる。電波による通信・索敵や安全保障ができなかった時代では、実物の艦船による示威・通信伝達・索敵・通商保護・通商破壊に使われる艦が必要とされた

豊明市 由来

「豊明市」の由来・語源



■豊明市(とよあけし)は、愛知県名古屋市の東に隣接する市である


■市名の由来
市名になっている豊明の地名は明治時代に前後町付近にあった豊倉屋という建物と元号の明治から採られた。豊明町誌によれば、宮中の年中行事の豊明節会から嘉字である「豊」と「明」の2文字を採って付けられたとなっている


■豊明市は、愛知県の中央部よりやや西部に位置し、東は境川を隔てて刈谷市、西は名古屋市、南は大府市、北は東郷町に接している。また、市南側を名古屋鉄道、国道1号線、23号線(名四国道)が横断しており名古屋から10km~15km圏内と交通至便の地である


■豊明市は商工業では、名古屋市と自動車産業都市である豊田市の間に位置し、立地条件に恵まれ関連企業の進出を得て「商工業の近代化都市」に変貌している


■豊明市は織田による天下統一の大きなきっかけとなった、桶狭間の戦いの戦地・桶狭間古戦場を有する

三日坊主 由来

「三日坊主」の由来・語源


■三日坊主(みっかぼうず)の意味
物事に飽きやすく、長続きしないこと。また、そのような人


■三日坊主の由来・語源
僧の修業というものは、早朝からお勤めが始まり、食事も粗食で規則正しい生活を強いられる

出家しても、中途半端な気持ちでは修業の厳しさを乗り越えられず、三日経ったら還俗(出家した人が再び俗人に戻ること)してしまう人がいることから出来た言葉


■坊主に関することわざ
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い(ぼうずにくけりゃけさまでにくい)」

【意味】坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは、その人(物)を憎むあまり、それに関わるすべてのものが憎くなることのたとえ


■三日に関することわざ
「三日天下(みっかてんか)」
【意味】三日天下とは、ごく短い期間だけ権力を握ったり、地位を得たりすることのたとえ

新城市 由来

「新城市」の由来・語源



■新城市(しんしろし)は、愛知県東部、東三河に位置する市


■地名の由来
新城の名前の由来は、長篠・設楽原の戦いで功績のあった奥平信昌が徳川家康の長女亀姫をめとり、現在の新城小学校の地に新しい城を築いたのが、「新城城(しんしろじょう)」。天正4年(1576年)のこと

「新城城(しんしろじょう)」と名付けられたのは、それより44年前の天文元年(1532年)に菅沼定継という殿様が石田の崖上(幽玄川河口)に築いた城が「新城(しんじょう)」と呼ばれており、それと区別するためで、これが「しんしろ」の名の由来


■奥平信昌(おくだいら・のぶまさ)略歴
戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。上野小幡藩初代藩主、後に美濃加納藩初代藩主。初名は貞昌(さだまさ)。徳川家康の長女・亀姫を正室とし、家康に娘婿として重用された。亀姫との間に家昌など4男1女を儲けた


■亀姫(かめひめ)略歴
【1560年~1625年】徳川家康の長女。母は築山御前(瀬名)で、松平信康は同母兄。奥平信昌の正室

引導を渡す 由来

「引導を渡す」の由来・語源



■意味
引導を渡す(いんどうをわたす)とは、最終的な宣告をして諦めさせること


■由来・語源
「引導」とは、もと仏教語で、葬儀の際、僧が死者の霊を迷わず悟りの道へ導くために唱える経文・法語のこと。死を逃れられないことを相手にわからせる意味からきている

死んだことを解らせる儀式であることから、相手が諦めるための最終的な宣告の意味で使われるようになった



■引導を渡す(いんどうをわたす)の類語、関連語、連想される言葉
お払い箱、名誉退職、戦力外通告、処分、派遣切り、罷免、球団解雇、首をはねる、解任、説得する(せっとくする)、説明する(せつめいする)、噛んで含める(かんでふくめる)、導師(どうし)、依願退職、諭旨免官、諭旨免職、合理化、人員合理化、肩叩き、正規雇用調整、肩たたき、人手削減、人員削減、出向転籍など

小牧市 由来

「小牧市」の由来・語源



■小牧市(こまきし)は、愛知県の北西部に位置する市である


■由来・語源
市名の由来は、合併前の小牧町に由来する。また「小牧の地名」には以下の由来が残っている

①元々小牧山の辺りまで海が広がっており、この山を見て船に乗っている人が帆を巻いた事から、この山の名称が「帆巻山」(ほまきやま)と付けられ、それが転じて「小牧」(こまき)となった

②このあたりで中世盛んに馬市が行なわれた為、それに関係する言葉である「駒来」(こまき、"駒"は"馬"を意味する言葉でもある)が転じて「小牧」(こまき)となった


■小牧山(こまきやま)は、愛知県小牧市にある標高86mの山。かつて織田信長の居城であった、小牧山城(日本の城)があった。小牧・長久手の戦いの舞台となったことでも知られる

現在は山全体が公園となっており、桜の名所としても知られる。公園の分類は「史跡公園」。南部には県営名古屋空港の一部や航空自衛隊小牧基地が、東部には桃花台ニュータウンがある

オセロ 語源

「オセロゲーム」の由来・語源



■オセロとは、2人用のボードゲーム。交互に盤面へ石を打ち、相手の石を挟むと自分の石の色に変わる。最終的に石の多い方が勝ちとなる


■由来・語源
1973年に日本の長谷川五郎がオセロを発表し、発売と共に玩具業界としては空前の大ヒット商品となり、一家に一台あるといわれるほどスタンダードゲームとなった

以来、何十回もの全日本オセロ選手権大会や世界オセロ選手権大会が毎年開催されている

ゲームに「オセロ」という名称をつけることになった由来は、そのゲームを考案した際に何と名付けるかについて。父親で英文学者の長谷川四郎に相談したところ、シェイクスピアの『オセロ』を取り上げたからだという

その名を出されれば、白人女性のデズデモーナ(=白石)と、その夫の黒人軍人オセロ(=黒石)が緑の平原(=緑の盤面)で勇猛果敢に闘う物語が思い描かれたので、盤面を緑色にしこの名称を使うようになったという


■シェイクスピアの『オセロ』は敵・味方が頻繁に寝返るストーリーの演劇作品である


■長谷川五郎(はせがわ・ごろう)略歴・経歴(プロフィール)
【1932年~2016年】ボードゲーム研究家、ゲーム考案家で、特にオセロを考案したことで有名な人物である。日本オセロ連盟会長、オセロ名誉十段。オセロ以外にも88オセロ、ソクラテス、ミラクルファイブ、セルゴ、大碁(だいご)といったボードゲームも考案しているゲーム研究家である。茨城県水戸市出身


■ウィリアム・シェイクスピア略歴・経歴(プロフィール)
【1564年~1616年】16世紀のイギリス(イングランド)の劇作家、詩人であり、エリザベス朝演劇を代表する人物。四大悲劇「ハムレット」、「マクベス」、「オセロ」、「リア王」をはじめ、「ロミオとジュリエット」、「ヴェニスの商人」、「夏の夜の夢」、「ジュリアス・シーザー」など多くの傑作を残した。イングランド出身

犬山市 由来

「犬山市」の由来・語源



■犬山市(いぬやまし)は、愛知県北西部の市。「尾張の小京都」と称される歴史のある都市である


■地名の由来・語源
『郷土読本犬山』によると犬山の地名の語源には以下の3説がある

①犬を使った狩りに最適だったことから「いぬやま」に

②平安時代の丹羽郡小野郷が山間部であるということから小野山から転じて「いぬやま」に

③大縣神社(おおあがたじんじゃ)の祭神「大荒田命」が犬山の針綱神社(はりつなじんじゃ)の祭神の一人玉姫命の父にあたり、大縣神社から見て犬山が戌亥の方角に当ることから、「いぬいやま」が転じて「いぬやま」に

「犬山」の表記で最古期の文献は1336年の『南山巡狩録』などがある


■大縣神社(おおあがたじんじゃ)は、愛知県犬山市にある神社である。旧社格は、式内社(名神大)・尾張国二の宮・旧国幣中社・別表神社

■針綱神社(はりつなじんじゃ)は、愛知県犬山市にある神社である。東海鎮護、水産拓殖、五穀豊饒、厄除、安産、長命の神として、濃尾の総鎮守とされている。安産、子授けにご利益があるという

カリスマ 語源

「カリスマ」の由来・語源



■カリスマとは、預言者・呪術師・英雄などに見られる超自然的・または常人を超える資質のことを指す


■由来・語源
ギリシャ語で「恵み」「恩愛」を意味する「カリス」に由来する語。「カリス」から派生した「カリスマ」は、新約聖書で「神からの贈り物」「神の賜物」を意味する宗教用語であった。20世紀以降、この言葉を社会学の概念として広めたのは、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーである。特異性、神秘性、非人間性のある政治や宗教の指導者をさし、善悪を問わず、他の人間を支配、誘導する意味が含まれた


■マックス・ヴェーバーは支配を、合法的支配、伝統的支配、カリスマ的支配の三類型に分けて用いた


■マックス・ヴェーバー略歴・経歴(プロフィール)
【1864年~1920年】ドイツの社会学者・経済学者。プロイセン王国エルフルトにて、父は政治家、母は上流階級出身の敬虔なプロテスタントの裕福な家庭に長男として生まれる。大学入学前に王立王妃アウグスタ・ギムナジウムで学ぶ。ハイデルベルク大学、ベルリン大学で法律学、経済史を学ぶ。ベルリン大学ローマ法と商法講師を経て、フライブルク大学経済学教授となる。著作『職業としての学問』『職業としての政治』

双璧 語源

「双璧」の由来・語源



■双璧(そうへき)とは、ともにすぐれていて優劣のつけがたい二つのものや人。両雄


■由来・語源
双璧は、中国の『北史(陸凱伝)』の中で、二人の優れた息子を「双璧」とたとえ評したという故事に由来する

双璧の璧の文字は「壁(かべ)」ではなく、玉である。この故事で用いられた「双璧」は、一対の宝玉のことである。「璧」は祭りや儀式に使われた飾り玉のことで、「宝玉」や「美しい玉」の意味のほか「立派なもの」の意味としても用いられる


双璧は二つのすぐれたものを評する際に使う言葉なので、悪いことに評するのに使うのは間違えである


■用例
「あの兄弟は共にすぐれた芸術家で、油絵の画家として双璧をなす」


■『北史』(ほくし)は、中国の北朝について書かれた歴史書。李大師により編纂が開始され、その子の李延寿によって完成された。二十四史の一つ。全100巻で、本紀12巻、列伝88巻の構成となっている

安城市 由来

「安城市」の由来・語源



■安城市(あんじょうし)は、愛知県西三河地方の市である


■市名の由来
地名は安祥→安静→安詳→安城(読みはいずれも「あんじょう」)と変わったという。存覚(ぞんかく)の『袖日記』によれば、1255年に朝円が親鸞の肖像画を書き、「参河国安城照空房」が所蔵していた

これが「安静御影(安城御影)」と呼ばれることから、既に鎌倉時代初頭には安静(安城・安祥)と呼ばれていたことが分かる

地名の由来は定かになっていないが、一説には京都の安祥寺の荘園があったからと言われている


■存覚(ぞんかく)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての浄土真宗の僧である。父は覚如、弟は従覚。錦織寺四代。存覚は終生にわたり教化活動に力を注ぎ、佛光寺の了源への多数の聖教書写を初め、関東や陸奥国・近江国・備後国などで多くの布教活動を行った

■安城御影(あんじょうのごえい(みえい))は、鎌倉時代の1255年(建長7年)法眼朝円の筆とされる絹本著色親鸞聖人像。親鸞83歳の姿を描いたとされる。西本願寺所蔵

得体の知れない 語源

「得体の知れない」の由来・語源



■「得体(えたい)の知れない」の意味
正体がよくわからず怪しい、胡散臭い


■由来、語源は緒説ある
「ていたらく」の漢字表記「為体」を音読した「いたい」「いてい」が「えたい」に変化したとする説がある

さらに有力な説は、「得体」とは本来は「衣体」と書く。昔は僧侶の宗派や格式は、着ている衣の色で識別できたので「衣体が判らない」というのは、どこの宗派か、どのくらいの格式なのか判断できないことを意味した


■「得体の知れない」の類似語
正体が不明な、素性の知れない、とらえ所のない、身元不明な、つかみどころがない、捉えどころがない、核心を見せない、疑わしい、怪しい、インチキの、 確かでない、 不確実な、あやふやな、曖昧な、はっきりしない、曖昧模糊の、判然としない、不明の、謎の残る

清瀬市 由来

清瀬市の由来・語源



■清瀬市(きよせし)は、東京都の多摩地域北東部にある市である


■市名の由来には諸説ある
市内の地名「清戸」と、市内を流れる柳瀬川から、一字ずつ取った

日本武尊(やまとたけるのみこと)の地を訪れ、木の下で休んだ際に、木の下の土を見て「清き土なり」と言ったことから「清土」の名が生まれ、それが「清戸」に変わったのであるという

清戸の名は、現在も市内に「上清戸」、「中清戸」、「下清戸」として残る



略歴・経歴(プロフィール)
■日本武尊(やまとたけるのみこと)
第12代景行天皇の皇子、第14代仲哀天皇の父とされる。『日本書紀』では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、『古事記』では主に「倭建命(やまとたけるのみこと)」と表記される。熊襲征討・東国征討を行なったとされる、日本古代史上の伝説的英雄である。日本武尊が帯びた剣は、草薙剣(草那芸剣)といわれる

匙を投げる 語源

匙を投げる(さじをなげる)の由来・語源



■匙を投げる(さじをなげる)の意味
さじは、薬を調合する匙のことである。 患者の治療方法が見つからず、医者(漢方医)が 匙を投げ出すことから、これ以上の治療はないと見切りをつけることを「さじを投げる」と言った


■匙を投げる(さじをなげる)の由来、語源
漢方医が、これ以上患者を治療する方法がないと、薬を調合するための匙を投げ出して患者を見放すことから


■匙(さじ)とは、食品や薬品をすくい取ったり、混ぜたり、量ったり、潰したりする道具のこと。主に、料理を食べるときの食器として使われる。スプーンともいう


■素材は、ステンレス・金・銀、真鍮やニッケルなどをめっきしたものなど金属製のものが多いが、木製や陶器製のもの、角や骨を材料に使う地域もある


■ヨーロッパでは、新石器時代に使われた陶器製や骨を削ったスプーンが発掘されている

しつけ 語源

仕付け・躾(しつけ)の由来・語源



■しつけの意味
しつけ(躾・仕付けまたは仕付)とは、人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること


■しつけは、仏教用語で「習慣性」を意味する「じっけ(習気)」が一般に広まる過程で「しつけ」 に変化し、「作りつける」意味の動詞「しつける(しつく)」の連用形が名詞化した「しつけ」と 混同され成立した言葉とされる


■また「躾(しつけ)」は 中国には無かった文字を日本人が創作した「国字(こくじ)」である。躾=身を美しく保つ。語源は着物などの「しつけ糸」からきている。仕立てが狂わないように、しつけ糸で仮留めしておく。こうしておかないと着物を正確に仕立てられないとこから、人間的にほころびがないように教育することを言った

稽古 語源

稽古の由来・語源



けいこの意味
■稽古(けいこ)とは、広く芸道に共通して使われる、主に練習を指す言葉である


■「稽」は「考える」という意味で、漢語「稽古」の原義は「古(いにしえ)を考える」「昔のことを 調べ、今なすべきことは何かを正しく知る」である。 そこから、「古い書物などを読んで 学ぶ」といった意味につかわれるようになる。

さらに日本では中世以降、芸能や武術を学んだり習うことにも「稽古」が待ちいられるようになり、学問以外の意味にも多く使われるようになった

武道、芸能に限らず、親方や師匠が教えることを、稽古をつけるという。また、単に学んだことを練習することも稽古という。お稽古ごとというと、伝統芸能に限らずピアノ教室なども含まれる。どれにおいても、稽古を積み研鑚を重ねることによって実力をつけていく。リハーサルは、通し稽古の意味でも使われるが、こちらは芸道に限らず稽古とは言わない場合にも使われる

トン 語源

トンの由来・語源



■トンは、質量の単位である。SI(国際単位系)ではなく、分・時・日、度・分・秒、ヘクタール、リットル、天文単位とともに「SI単位と併用される非SI単位」である


■15世紀頃、フランスからイギリスへボルドー産のワインを運ぶ船の大きさを表すのに使われ始めたのが起源。ワインの樽をいくつ積めるかで、船の載荷能力を示した


■元来はヤード・ポンド法の単位である。古英語のtunne、さらには古フランス語のtonneが語源で、それは「樽」という意味である。当初は、252ワインガロン (0.954 m3) 入りの樽に入る水の重さ約2100 lb(ポンド)を1トンとしていた


■樽が元になった単位にもうひとつ、バレル(barrel)というのもある。ヤード・ポンド法における体積を表す単位である。語源は「樽」であり、樽の容積に由来するものである。国際的に、原油や各種の石油製品の計量はバレルで行われる。その他にも、用途により、また国家により、多数の「バレル」の定義がある

旭市 由来

旭市の由来・語源



■「旭」という市名(最初は町名)は、一説には「旭将軍」と呼ばれた木曾義仲の末裔とされ、この地で没した木曾義昌を詠んだ「信濃より いつる旭をしたひきて 東の国にあととどめけむ」から採られたとされる


■この歌は、弘化元年(1844年)木曾氏末裔を称する芦原検校(木曾義長)が、東漸寺において営んだ「木曾義昌公250回忌」において京都の国学者、野々口隆正が詠んだ追悼歌で、この時に寄せられた追悼歌400首を収めたのが、市の指定文化財ともなっている「慕香和歌集」である


■源義仲 (みなもとのよしなか)略歴
平安時代末期の信濃源氏の武将。河内源氏の一族、源義賢の次男。源頼朝・義経兄弟とは従兄弟にあたる。木曾義仲(きそよしなか)の名でも知られる。『平家物語』においては朝日将軍(あさひしょうぐん、旭将軍とも)と呼ばれている


■木曾義昌(きそよしまさ)略歴
【天文9年(1540年)-没年は諸説あり】戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。信濃国木曾谷の領主木曾氏の第19代当主。幼名は宗太郎。左馬頭・伊予守。木曾義康の長子。弟に上松義豊。正室は武田信玄の娘・真竜院(真理姫)。子に千太郎、義利、義春、義通、娘(毛利高政正室)などがいる

舞浜 由来

舞浜の由来・語源



■舞浜(まいはま)は、千葉県浦安市の地名、大字である


■浦安町第1期埋め立て事業中、1974年8月にオリエンタルランドの遊園地構想計画を千葉県が承認すると、1975年11月の第1期埋め立て事業完了に伴い、埋立て事業者のオリエンタルランドの提案により、「舞を舞いたくなるような楽しい浜辺」という趣旨、およびアメリカのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートが存するフロリダ州の都市であるマイアミビーチにちなんで「舞浜」と名付けられた


■株式会社オリエンタルランドは、米国のウォルト・ディズニー・カンパニーとライセンス契約により東京ディズニーランド(TDL)、東京ディズニーシー(TDS)を中心とする東京ディズニーリゾート(TDR)を経営・運営する事業持株会社の基幹企業であり、不動産業も兼ねる


■東京ディズニーランドは、千葉県浦安市にある東京ディズニーシー (TDS) などと共に東京ディズニーリゾート (TDR) を形成するディズニーパークである。主役のマスコットキャラクターはネズミをモチーフにしたミッキーマウスである

関取 語源

「関取」の由来・語源



■関取(せきとり)とは、大相撲の番付で、幕内、十両の力士を指す。これに対し、幕下以下の力士は取的(正しくは力士養成員)という


■力士は十両に昇進することで、一人前の力士として認められる。関取は一人前力士の総称といえる。相撲の力士の最上位の者は大関


■由来
関取という呼称は「名乗っただけで関所を通ることができる」ことに由来している


■関所(せきしょ)とは、交通の要所に設置された、徴税や検問のための施設である


■特に江戸から上方へつながる東海道沿いの関所では、女性と鉄砲の通行が厳しい制限を受けていた。これを「入鉄炮出女(いりてっぽうとでおんな)」と言い、江戸在住の大名の妻が密かに領国へ帰国することと、江戸での軍事活動を可能にする江戸方面への鉄砲の流入の2つが、幕府によって厳重に規制された

登竜門 語源

「登竜門」の由来・語源



■登竜門(とうりゅうもん)とは、成功へといたる難しい関門を突破したことをいうことわざ


■由来・語源
登竜門の「竜門」とは、黄河上流にある竜門山を切り開いてできた急流のことである。 その竜門を登りきった鯉がいたならば、竜になるという言い伝えがある

竜門の言い伝えから、人の立身出世の関門を「登竜門」と言うようになったのは、中国『後漢書 李膺伝(りようでん)』の故事に由来する

李膺(りよう)という、公明正大な立派な人物がいた。もし若い官吏の中で彼に才能を認められた者があったならば、それはすなわち将来の出世が約束されたということであった。このため彼に選ばれた人のことを、「竜門に登った鯉」」に喩えられた


■『後漢書(ごかんじょ)』は、中国後漢朝について書かれた歴史書。二十四史の一つ。本紀十巻、列伝八十巻、志三十巻の全百二十巻からなる紀伝体。成立は5世紀南北朝時代の南朝宋の時代で編者は范曄(はんよう)


■李膺(りよう)略歴
【生年不明 - 169年】中国の後漢時代の官僚。字は元礼。潁川郡襄城県(河南省襄城県)の人。祖父の李脩(りしゅう)は、安帝の治世、太尉。父の李益(りえき)は趙国の相であった。子は李瓚。生まれつき礼法にこだわらず、亢然としていて人と交際しなかったという。ただ同郡の荀淑、陳寔らを師友とした

四六時中 語源

四六時中の由来・語源



■四六時中(しろくじちゅう)の意味
一日中。日夜。いつも


■四六時中(しろくじちゅう)は、もともと「二六時中(にろくじちゅう)」と言われていた。「二六時中」は、一日の時間を「子(ね)の刻」「丑(うし)の刻」など、干支の十二刻で表していた江戸時代の使われ方で2×6で12となる ため、一日中を意味していた

昔は、今でいう2時間の長さを、時間経過の一つの単位として意識されていた。そのような時間の区切り方でいうと、1日は午前と午後それぞれ六つずつの時間帯に区切られることになった。そこから、1日中を表す言葉として、「二六時中」 という言い方がされた


■明治時代になり、一日が24時間と定められたため、それに伴い、「二六時中」は、時間(24時間)に合わせ、4×6の24時間(四六時中)となった

ノルマ 語源

ノルマの由来・語源



■ノルマの意味
ノルマとは、半強制的に与えられた労働の基準量であり、大抵の場合時間的強制も付加される


■ノルマの由来・語源
もとはロシア語のnorma。共産主義国で、達成すべき労働量・生産量をさした。日本には、第二次大戦後のシベリア抑留者が引き揚げてきて伝えたとされる


■関連情報
「計画経済と言うと、すべてを計画通りにやるように聞こえますが、とんでもない。実情は正反対です。肝心なのは目標、ノルマの達成なんです。ノルマさえ達成すれば、途中は何をやってもいい。それが計画経済です」
出典『情報頭脳の新時代』(著者:長谷川慶太郎)

長谷川慶太(はせがわ・けいたろう)略歴
国際エコノミスト、日本個人投資家協会理事長。1927年京都府生まれ。大阪大学工学部卒。新聞記者、雑誌編集者、証券アナリストを経て、1963年に独立。現場から見る独特の経済分析と先見力に定評がある
プロフィール

Author:originetymology
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。